<男はつらいよ>のシリーズ作品は10本ほど観ていると思うが
ほとんどが子供の頃に観たもので
実はあまり記憶にない
そもそも、子供のボクは、
寅さんが観たかったわけではなく
むしろ<男はつらいよ>の併映の方を見当てに
劇場に連れて行ってもらっていた、、、
この年になって
あらためて<男はつらいよ>を観てみようと思い
まず観たのが<男はつらいよ_浪花の恋の寅次郎>
次郎が旅先で見た夢では、寅次郎は「浦島寅次郎」であり、乙姫様(演:松坂慶子)やタコ(演:タコ社長)がいる竜宮城から、源公の亀にふたたび乗り、柴又村に帰ってくる。さくら・博夫婦は寅次郎のことを知らないといい、何十年も時がたっているのであった。玉手箱をあけると、源公の亀が年寄りになる。寅次郎がとらやに帰ってくると、タコ社長と喧嘩になる。その日、金策にでかけたタコ社長が行方不明になって、一同、たいへんに心配する。夜中になって、酒を飲んだ社長が帰ってきた。自分がタコ社長へかけた言葉のせいではないかと、非常に心配していて、江戸川沿いを探していた寅次郎はタコ社長と喧嘩になるが、最後はおとなしくなる。翌朝、寅次郎はとらやを去って、また旅にでる。寅次郎は瀬戸内海の小島で、祖母の墓参りをするふみ(松坂慶子)に出会う。聞けばふみの両親は幼いころに離婚し、祖母は育ての親だという。ふみは大阪で働いているというが、職業は明かさなかった。しばらくして寅次郎が大阪に行き、石切神社で水中花の啖呵売をしていると、寅次郎の前に芸者姿のふみが現れる。再会を喜び芸者たちと遊び歩く寅次郎。夜になってふみは寅次郎を逗留先の「新世界ホテル」まで送る。タクシー代を渡そうとする寅次郎に、ふみは「寅さんは友達だから」と受け取りを拒む。ある日、宝山寺に出かけた寅次郎とふみ。ふみが絵馬に書いた願い事から、寅次郎はふみには両親の離婚と同時に生き別れた弟がいることを知る。全く会っていないと語るふみに、寅次郎は今すぐ弟に会いに行くことを勧める。二人は急遽、タクシーを駆って弟の勤務先である運送会社に向かうのだが、弟は亡くなったばかりであった。寅次郎とふみは、亡くなった弟のアパートに行き、彼の恋人に出会う。ふみは「大事な仕事がある」と芸者の仕事に向かうが、その晩の仕事を途中でやめ、寅次郎を「新世界ホテル」まで訪ねてくる。「今晩、この部屋に泊めてほしい」というふみだったが、寅次郎はしりごみして、他の部屋で寝ることになる。翌朝、寅次郎がふみに会いにいくと、「これから、どう生きて行くか一人で考えて見ます。寅さんお幸せに。さようなら」という置手紙があった。寅次郎は大阪を去り、柴又のとらやへ向かい、「大阪の芸者にふられた」ことを嘆く。しばらくすると、芸者をやめたというふみが、とらやを訪ねてきた。ふみは、約束をしていた板前と結婚し、板前の故郷である対馬に移り住むという。寅次郎がとらやを去った後、大阪「新世界ホテル」から喜介が、とらやまで、たまっていた宿賃をとりたてにきた。そのころ、寅次郎は対馬まで行き、ふみとその夫に会う。(Wikiより)
マドンナは松坂慶子
「愛の水中花」♪のヒットで
人気がピークの頃の出演
面白いは面白いけど
それ以上に、しんみり&ウルウルするんだよね
思えば
ガキの頃は(いや、つい最近まで)
寅さんみたいなオッチャンは町内に数人いたよ
「あいかわらずバカかい?」とか「まだ死んでなかったの?」なんて
いまだに挨拶言葉のひとつで
ボクも親しい人にはそう声をかけるよ
但し東京でも
港区とか渋谷区、新宿区の以西や、目黒、世田谷区では
絶滅しているだろうね、こういう人は
隅田川の向こう側なら
まだまだ江戸っ子っぽい連中もいるだろうね
監督の山田洋次は大阪の出身だよね
その山田洋次が東京の江戸っ子ド真ん中のような人物を描いてきたのは
不思議な縁のような気もする
反対に
溝口健二は東京で生まれ育って
関西に腰を下ろして
京都や大阪を舞台に名作を撮り続けた
面白いね、縁というのは、、、
そんな浪速っ子の監督が
江戸っ子の寅さんに
「大阪は嫌いだ、味が薄くて食べれたもんじゃない」と語らせるんだね
その後、大阪に親しみを覚え、大阪の女に惚れた寅は
「貧乏人の育ちだから、上品な味が分からないんだ」という
物は言いようだね、、、
コロナ疲れの心と身体には
寅さんを酒の肴に一杯やりながら観るのが最適だよ、、、