たふえいんといなあふ 不思議な魔法の言葉 

No Movie, No Life、、、映画と食べものと、ときどき天然妻、、、

埋もれがちな傑作/人間蒸発

「情報操作」

作為的な誘導により
真実が分りづらい世の中になった

真実はあるのだが
何も信じられない

この今村昌平の傑作も
そんな世の中を風刺した
世間を嗤う、映画を笑う、そんな作品

映画は虚構
この映画はフィクションか?ただのドキュメンタリーか?

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物語
失踪したサラリーマンの大島裁を、その婚約者である早川佳江と監督の分身である露口茂が追うことになった、、、二人は大島の知人や仕事先に対して聞き込みを開始、ロードムービーのように大島の過去の足取りを追い人間を暴いていく、、、

ここで一旦、監督は立ち止まる
「捜査映画のようになっている」と
「もっと人間を暴き描かなければならない」と、

そして
物語は更に深く進んで行く
すると
佳江の姉の存在が浮き上がってくる

途中観ながら
『随分前のことなのに皆よく記憶しているなぁ』と感心する
そして、出演者がリポーターであり演者である露口に恋をしだす
そして、ボクは疑い出した、この作品を、、、

ドラマなのか?現実なのか?
フィクションなのか?ノンフィクションか?
フェイクか?事実か?
ありのままか?作られたものか?

何が本当で、何が本当でないのか?
信用とは、信頼とは?

キャメラはあなた方を映そうとしている、あなた方は映されようとしている」と
「しかし、それがウソで、こっちが本当だってことに必ずしもならないでしょ」と
監督は云う

「これは一つの劇映画だってことから、この映画は逃れることが出来ない訳です」と、
「ドラマであり、フィクションであるという前提にお考え下さい」と、

そして
スクリーンに驚くべき光景が映し出される
監督とキャメラに騙されていた観客、、、

しかし、それでも尚
「これはフィクションだというのなら、映画は続く」と、
映画は終わらない、映画は続く、続く、、、

この映画の最後のセリフ
「映画は終わった、でも、現実は終わらない」

恐ろしいほどユニークで挑発的で刺激的な傑作

これを観ずに今村昌平は語れない、スゴすぎる、、、

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