たふえいんといなあふ 不思議な魔法の言葉 

No Movie, No Life、、、映画と食べものと、ときどき天然妻、、、

小説/Mとのこと(2)

 

 女の勘は鋭い。Mは僕を疑った。

 「ほかに好きな人がいるんだよね?」

 彼女はあくまでも強い口調はしない。

 「え、どういうこと?」

 「夜、どんな仕事してるの?」

 「だから居酒屋だって」

 「そこで知り合ったお客さんだかスタッフと付き合ってるの?」

 「なんでそんなこと言うんだ?」

 Mは僕から目を伏せてポツリと言った。

 「あなたが早朝来るときは女の人の匂いがするのよ」

 

 僕は「そんなことないはずだ」しか言えずにいると

 「私が毎晩怖い思いしているのに守ってもくれない」と、今にも泣きそうな声になったので、あ、誰かに付きまとわれている気がするという例のこと、僕はすっかり忘れていた。

 「ごめん、これからはできるだけ来るようにするし、できるだけ早く来るようにする」

 彼女は涙で濡れた顔を少しだけ上げて、上目遣いに僕を見て、唇を尖らせた。

「あ、それと、バニーはやめろよ、変な客に目付けられてるかもしれないし」

「ぅくん」

 今ならメイド喫茶にでも勤めたかもしれない。その頃はまだそういう店もなく、バニーガールは彼女にとってそれ以上は超えられないギリギリのライン職業だったのだろう。いずれにしても水商売には変わりなく。水商売を舞台にすると様々な男女の話が生まれるので、彼女にはそんな職業からは遠のいてほしいと願った。

 

 僕はそれ以来一切客とのアフターを断った。店が終わると出来るだけMの部屋に直行するようにした。ところがヨーコさんとは切れなかった。結局、Mとヨーコさんを順番に訪ねることになる。

 ある晩ヨーコさんと飲み歩いた後にMの部屋に向かった。ヨーコさんの部屋では絶対に寝たくない。セックスはラブホで済ませ、ヨーコさんを部屋に送ると僕はタクシーに飛び乗った。しかし、早朝近く部屋に着くと、チャイムを鳴らしたにも関わらず、なかなかMは出てこなかった。今までこんなことはなかったので留守なのか?とも思った時やっとドアが開いた。すると扉はすこしだけ開いてチェーンで止まった。扉と部屋の間の暗闇の隙間から白い瞳が僕を見つけて、チェーンが外れた。

 何も言わず、暗い表情の彼女が只事でない状況にあると悟ったので訊ねると、彼女はやっと重い口を開いた。

 

 「終電で帰ってきたの。部屋に入って10分もしない頃チャイムが鳴ったから、Hかと思って外も確認せず扉を開けちゃったの。そしたらそこに知らない男が立っていて、最初は分からなかったけど、その男に突き倒されて床に倒れた時に思い出したの。店に時々くる客。一度も話したこともないし、給仕をしたこともなかったと思う。服をはぎ取ろうとしたから、激しく抵抗したら諦めて逃げて行った」

 「怖かったろうけど、それで済んだなら良かったじゃん」と軽く言ってしまったことを後悔していると、彼女は怒りもせず泣きもしなかったので、イヤな予感がした。

 「な、警察行こうか?行こうぜ!」

 彼女はほとんど動きなく首を横に振った。

 

 数日後、ホストの店を早退してMの引っ越しを手伝った。下北沢に越すことにしたのだ。彼女は元の彼女のように振舞って二人でふざけながら荷物の用意をして、24時間やっているレンタカー屋で借りてきたトラックに荷物と彼女をのせて僕はトラックを走らせた。国道で赤信号で停止した時、思いもよらぬ光景を目にした。トラックの運転席の高い位置から何げに隣に止まったタクシーを見ると、後部座席で客の男女がセックスをしている。タクシーの運転手も身を乗り出してバックミラー越しにその光景を覗いているのが見えてそれがおかしかった。女性の上半身はハッキリと胸が露わになるほど開だけて、スカートはまくれ上がり、男に抱えられた片方の脚にはパンティがぶら下がっていた。ポルノ映画のようにズボンを少しだけ降ろした男の尻が露わになって激しくピストン運動をしている。Mをつついてそれを知らせる。Mがタクシーを覗き込むと「ふぇ」と驚いた声を出した。

「俺らもこのトラックの中でやろうか?」

「くすくすくす」否定はせず彼女は笑った。

すでに信号は青信号に変わっていたが、後ろから来たトラックのホーンにせかされるまでタクシーの運転手も僕もMもその男女のセックスを眺めていた。

 

 新しい4階建てのマンションに着いたが、エレベーターがなかった。彼女の部屋は4階だ。

 「マジかよ~!」

 もう、運ぶ前から僕は疲れ果て心が折れたが、やるしかない。重い蒲団を肩から背中に背負い身体を折った状態で階段を登った。しかも、なんで蒲団が2セットあるんだ!僕は思い切り不機嫌になって、文句たらたら独り言を言いながらほとんどの荷物を運んだ。その間、Mは下唇を突き出し申し訳なさそうな表情を作ってみせたが、そのアニメ顔に猛烈に腹が立った。すべて運び終わっても僕もグチグチ文句を言い続けていた。

 「バイトして、店で働いて(Mは居酒屋と思っている)、その後引っ越しの準備して、最後に待っていたのがエレベーターなしの階段4階昇り降りかよ、それを10往復だあ、ふざけんなよ」

 ぐちぐち僕が文句を言っていると、予想外のことが起きた。突然彼女が大声で叫んだのだ。

 「ふざけんじゃないわよ!」

 怖い人が怒鳴るよりも、アニメ声の女が怒鳴る迫力には及ばないと知った瞬間だ。意外性というのはそれほど精神的なインパクトがある。僕は茫然となった。しかしそのあとすぐに、いつものように彼女の口から「くん」と声が漏れたので、やっと僕は緊張から開放されたが、彼女には彼女の普段散り積もった不満があるようだ。

 「だってさ、Hくん、ぜったい怪しいんだもん」

 どうやら、Mは僕とヨーコさんとの終わらない関係に気づいている。

 「二股とか掛けているんなら、あたしそういうのダメだから!階段の昇り降りより、コッチの方が何百倍も大きなことだから」

 

 釈明になるか分からないが僕は説明した。

 「居酒屋で働いていてちょっと気の合う女性客がいて、その人はすごく酒が好きで、店が終わった後に一緒に飲み歩いたりするんだ。でもな、本当に誓ってそれ以上の男女の深い関係ではないんだ」

 僕は嘘を信じてくれと念じ、彼女は涙を流した。

 「Hくん、女と男が深夜に飲み歩いていれば、いつか関係持つよ、そんなことくらい、バカな私でも分るよ」

 

 僕が誘うとMは黙ってついて来た。ふたたびトラックに乗って、海を目指した。二人の間に流れる空気を変えたかったからだ。 

 「今走れば、日の出が見れるぞ」

 灰色の路面を銀色の光を放ちながら海に急いだ。暗闇が薄く青い色に混じりはじめ空が紫色に変わり始めた頃に僕らは海に着いた。誰もいない海。もうじき深暗く紫色に染まった幻想的な夜が明ける。ダウンパープル。すると、僕、

 「やばい、自然が呼んでいる」

 「ふぇ?」

 僕は大急ぎでティッシュの箱を抱えてトラックから飛び降り、海が見渡せるちょっと小高い丘になった草むらでしゃがんだ。空気が澄んで海の色が徐々に変わり始めるシークエンスを僕は眺めながら、その後長い人生を送っているが、この時ほど気持ちよく排泄したことはない。僕が排便しながら海と空が劇的に美しくなる瞬間を眺めている時、Mも一人、トラックから同じ光景を見ていた。

 

 北海道の父親がいつも心配している。「辛かったら帰っておいで」と言っていると、電話の度に母親から聞かされている。ほんの少しでも夢にすがりたい。東京に来てもまだ何も得ていない。そんな気持ちが彼女の心を縛り付け解放させないような気がする。

 「お父さんを安心させてあげなよ」

 帰り道そう僕は彼女に言った。

 「何も得るものがなかったからって、それでもいいんだよ、元気に明るい顔して家に帰りなよ」

 ちらっと助手席の彼女を覗くと、目に一杯の涙をためている。今にも耐え切れず涙は確実にこぼれるだろう。

 「お父さんが心配しているよ、帰ってあげな」

彼女の大きな瞳から耐えられなくなった涙が堰を切ったようにとめどなく流れた。

僕はハンドルを持つ手とは逆の手で彼女の肩を抱いて「そうした方がいいよ」と呟くと、彼女は軽く頷いて、安心したように僕の肩に顔をのせ頭を振って僕の肩で涙を拭くと僕の肩も濡れ、突然の雨にハイウェイの路面も濡れた。

 

 彼女を彼女のマンションの前まで送ると僕はトラックを返しがてら帰ろう思ったが、

「まだ止みそうにないよ。雨が止むまでいなよ」と言うので、僕は彼女の部屋にしばらく居ることにした。

 

雨が止んだら、お別れなのね♪

 

なぜか、そんな古い歌の歌詞が僕の頭の中でポツリポツリと音を立てた。

 

 

 

※「おニャン子クラブ

深夜の「オールナイトフジ」が女子大生なら、それに派生して夕方にできた番組が「夕やけニャンニャン」で、そこから誕生した女性アイドルグループで社会現象にまでなった。新田恵利、国生さゆり河合その子、岩井由紀子、吉沢秋絵、渡辺美奈代、渡辺満里奈工藤静香生稲晃子、城之内早苗ほかほか、その中から高井麻巳子がプロデューサーの秋元康と結婚した。

 

※「指名客」

別途料金が発生するが指名したホストが隣に座り相手をする。ただし、同時期に客がかぶったら30分ごとにチェンジとなるが、更に指名が多いと1時間に10分しか座らないこともある。その間ヘルプが席に付き相手をする。

 

※「同伴」

店が始まる前に食事など一緒の時間を過ごしてから、一緒に店に入ること。別途料金がかかる。

 

※「アフター」

閉店後に別の店に飲みに行ったり遊びに行くこと。料金は店によってある場合とない場合があるが、この店ではなかった。しかし、大切な客をつなぎとめるためにも大切な営業活動だ。(もしくは枕営業

 

 

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