たふえいんといなあふ 不思議な魔法の言葉 

No Movie, No Life、、、映画と食べものと、ときどき天然妻、、、

小説/ヨーコさんとのこと(1)

 その時はじめて先輩の父親に、いや、社長に会った。紫とピンクが混じって渦巻く背景に赤い薔薇の蕾のネオン看板が目を引く店「Rose Buds」に足を踏み入れると、すでに店は営業していて、いくつかのテーブルに客がいる中、ジョージャクソンの「Stepping Out♪」が流れる店内を抜けて社長室に向かう僕に客の女性たちが視線を向けるので恥ずかしい。

 社長はハッキリと人数合わせだと、僕には期待していないと言った。仕事もしなくていい、営業電話で客を呼ぶような必要もない。ノルマなんかもまったくない、無理に飲まなくても良い、テーブルで賑やかしていれば良いと言った。ただし、それでも僕目当ての客が付いてしまったら、簡単に「やらせるな」とを釘を刺し、「引っ張れ」と助言したが、そもそも僕にしても本気でホストになるつもりもなく、先輩の頼みで(この目の前の社長のために)、そして少しだけの好奇心でこの世界を覗いてみたかっただけなのだ。もしも将来小説を書くようなことになった時にその経験が活きるかも知れないと思いだけで、本気で仕事などする気は毛頭ない。

 案内された狭くかび臭いロッカールームで黒に銀色のストライプが入った肩パットの目立つスーツを渡され、それを紫色のシャツの上に羽織った後、僕はオーデコロンを空中に噴射し、その落ちてくる霧の下で一回転した。遊びで過ごすホスト体験だ。気楽に過ごそう。

 

 ところが、初日から客がついてしまった。蒲田でスナックを経営しているママだ。以前は頻繁に来ていたが、久しぶりに店に寄ったらしい。僕の苦手な香水の匂いをさせている。

 「なんか、シブガキ隊とかに紛れてても分からないかもね、あ、今は少年隊か フフフ」と、その客はネットリした表情で僕を見つめた。

 

 しかも一人ではない。その初日の夜に二人目の指名客が付いた。30才前後で特に派手な恰好でもなく、濃い化粧をしている訳でもない。初めてこの店に友人に付いて来たそうだが「のぞき部屋」(※)という風俗の風俗嬢らしい。そしてその「のぞき部屋」というものが僕の好奇心をとても刺激した。

 「それ、どんなシステムなんですか?」

 「あなたなら覗きなんかしなくても直に見せてあげるわよ、触らせてもあげるから フフフ」と下品な微笑みを僕に近づけた。

 

閉店の26時になると社長に呼ばれた。

社長は「真剣にこの職業をやってみないか」と言った。

僕は苦笑いで誤魔化し何も答えなかったが

「稼げるぞ、本気に稼ぎたいなら、真剣にやるべきだよ」と社長が真顔で言うので笑いを堪えるのに必死だった。朝礼暮改とはこのことか。

僕は友人を、というか、この店を、それをいうならこの社長を、ただ助けに来ただけなのだ。本気でホストになるつもりはない。

「今すぐ今夜指名のかかった客に電話しなさい。昼も夕方も電話して店に呼び込んで、お前に嵌るように仕向けろ、いいな、わかったな、遊びじゃないんだぞ、プロなんだから、ばんばんボトルあけさせろ!」素人は数時間のうちにプロになった、そうだ。

 

 狭いロッカー室で肩パットの付いたスーツと紫色のシャツを脱ぎながら、思わぬ初日を終え僕は困惑していたが、客の電話番号さえ聞かずにいたのだ。そもそも客へのアプローチも出来ない。だが、それがかえって客を煽ることになった。

 

 初日が終わった後だったが、そそくさと僕はMの部屋に向かった。Mは微笑みと共に僕を部屋に招き入れ、玄関で抱きつきキスをしてきた。彼女はおそらく裸になるシチュエーションが待っていると感じるとき、彼女は極端に照明を嫌うので、キスをしながら照明のスイッチを片方の手で壁を這いながら探していたので、僕が先にスイッチを切った。明りが消えると同時に僕は玄関で彼女を裸にし、やはり小さな胸を気にしているのだが、その恥ずかし気な仕草がむしろ僕を興奮させた。また例の甘えた声が僕の耳を通して身体全体に伝わり刺激し、小さく可愛い童顔と相まって丸でアイドルを抱いている感覚になる。

 ところが実は彼女がのちのち白状したのが東京に出てきた理由だ。彼女はアイドルになりたくて上京したそうだ。菊池桃子が好きだったそうだ。最近テレビではおニャン子クラブ(※)が人気だ。素人っぽさを売りにする傾向で尚更アイドル志望の女の子を増やしている。そんな中の一人になるために東京に出てきたのだ。しかし、彼女はもう十代ではない。22才だという。アイドルには少しだけ遅すぎる年齢になってしまったと感じているようだ。

 「声優なんかもいいんじゃないか」と勧めると

 「実は私もそんなこと考えていたの」と目を輝かせた。

 アイドルを諦めながらも、声優を目指している、東京にはそんな女の子はごまんといる、彼女もそんな一人なのだ。だいたい東京で一番多い職業は役者とかミュージシャンだそうだ。みんな自称だが、そんな中から世に出てくるのはほんの一部だ。彼女もそのことにはすぐに気づいたようだが、ほんの少しの意地は誰にでもあるはずで、そうこうしているうちに、故郷に帰るタイミングを逃しズルズルと東京の沼に嵌ってゆく。

 

 翌日の店。またスナックのママが来て、僕を指名した。

「電話番号知らないし、外で会えないんだから、ここに来るしかないじゃない」

 

そして、のぞき部屋のヨーコさんも

「昨日初めてこの店来たのに、なんかまた足が向いちゃったよ」と、

 

 そして、その日ふたりからアフターの誘いを受けたが、そのアフターの誘いを断ると、店長に

「お前、商売っ気ないな、社長からはただのヘルプだとは聞いてるけど、客がついたらそれなりに大切に扱えよ、たとえプロのホストではなくても、人として当然だろ」と強い口調で言われた。

 非常にこの先が不安だったが、僕の客なのだ。相手にしないわけにはいかない。そして、その不安はすぐに現実のものとなり、僕を困惑させた。

 

 ヨーコさんはアルコールが入らない時は姐御肌の性格でとても感じが良いが、いざ酔いが回ると強引でそのうえ非常にエロかった。身体を密着させ僕の耳もとに「抱けよ」と、エロいだけでなく乱暴な口調になりクセが悪い感じになる。店が閉まればアフターに誘われ、はじめてヨーコさんと店の外に出た。開いてる飲み屋を引きづり廻されたので、

 「ヨーコさん、そろそろ眠くないですか?目がトロンとしてますよ、送りますから、帰りましょうよ」

 「で、送り狼になるか!ハハハ」

 とりあえず、ヨーコさんのいわれた場所に行くと、お世辞にも小奇麗とはいえない、古汚いトタンの屋根に覆われた寒々しいアパートだった。風俗で稼いでいるのなら、もっとマシな部屋に住めそうだが何か事情があるのだろう。

 

 「この部屋寒いぞ、温めてくれ!」

 「それまずいですから、俺帰りますから」

 「バカ野郎、寝かしつけるまでいろ!」

 

部屋は非常に散らかっていて、とても女性の部屋とは思えなかったが、室内で干してある下着や、香水や化粧品の匂いで辛うじて女性の部屋と判る。ヨーコさんは僕が何処に座ろうか考えている隙に抱きついてきて、僕はバランスを崩しそうになったが、うまい具合に態勢を整えヨーコさんをお姫様抱っこのように抱えることができた。

 「これ好き、好きよ」

 僕は黙ってベッドのような場所(たぶんベッド)までヨーコさんを慎重に運び、降ろすと、ヨーコさんは目を閉じ、唇を尖らせて僕の顔に近づけようとしたので、マットレスまで手前20センチで手を離し、ヨーコさんを着地させ

 「ゆっくり寝てください」と言い残し

 僕は天井からぶら下がっている照明のヒモを引いて素早く表に出た。僕を追ってくる雰囲気はなかったが、ベッドから落ちたのだろうか?ドスンと音が聞こえたような気がしたので、念のためヨーコさんが追ってこないように僕は大通りまで走った。そしてタクシーを捕まえMの住む参宮橋まで向かってもらった。

 

 早朝4時半。彼女が起きているはずもないが、僕は部屋のチャイムも鳴らしてみたら、彼女はすぐにドアを開けた。彼女はホッとしたような安堵の表情を浮かべてから、涙をこぼした。理由を聞くと今夜、店が終わって終電で帰宅する途中、誰かに後をつけられているような気がしたそうだと怯えたので、彼女をお姫様抱っこしてベッドまで連れて行き今夜二度目の王子様となり、一緒に横になり瞳を閉じると、Mは安心したのか、しばらくして寝息をたてた。

 

 ボクは店の前にバイトがあるので、それを理由に「同伴」を断っていたが、代わりに「アフター」の誘いを受けるのが常になっていた。店に勤めるようになってから二週間の間に指名客が4人に増えたので、その扱いに忙しくなり、Mをかまう時間はなくなった。Mには僕がホストをしていることは言わず、友人の頼みで居酒屋を手伝っていることにした。広い意味での水商売には変わりなく、それがMへの裏切りで自己嫌悪する僕の心をほんの少しだけ和らげた。

 

 Mに対する本当の裏切りは客と寝ること。ホストは僕には務まらない。情が入ってしまい、金を使わせ引っ張ることなどできない。それ以前に自分の下半身をコントロールすることが困難だ。やりたくなってしまってついつい客を抱いてしまうこともある。もともと、引っ張ることの見返りなど期待もしていないし、指名をもらっているだけで僕には十分すぎるのだ。それはホストとしては失格かも知れないが、僕には非情になるほどの強いハートを持ちあわせていない。

 そうした見返りを求めず、素人っぽさが受けたようで、僕の客はますます増えていった。一方で、一度やった客が去ることも多かった。そんなことも僕には何も影響ない。

 しかし一人だけ、ヨーコさんだけは客としてでなくても縁を切りたくないと思っていた。ひどく酔った時以外のヨーコさんと一緒に居ると、とても楽しく居心地が良かった。

 

 一度「なんで、それほどまでに飲むのか?」とヨーコさんに訊ねたことがある。ヨーコさんは以前はドラッグに嵌っていたそうだ、最初はラッシュ(聞こえはいいがトルエンの類だ、いってみればシンナー遊びだ)十代のころのお遊びだったがそれがゲートウェイドラッグだったと今思えばそう思うそうだ。そして大麻。つぎにコケイン、そしてヘロイン(シャブ)。金がなくなるとパチンコ屋で顔見知りのヤクザが金を貸してくれるので、シャブを続けることができたが、優しくいつも気前よく金を貸してくれたヤクザが突然豹変して今すぐ即金で返せと言い出し、トルコに売られそうになったそうだ。その先のことをヨーコさんは言わなかったが、シャブは止めることが出来たそうだ。しかし、その代りに酒にすがったという。何かにすがってその日を清算しないと次の日に進めない気がするのだと言う。

 

 はじめてヨーコさんを抱いた夜、彼女の背中の左肩にバラの蕾のタトゥを見つけた。

「はじめてあんたの店に行った時すごく縁を感じたんだよねえ」

「え?」

「ローズバッドでしょ、バラの蕾じゃん、店の名前、私のコレと同じでしょ」

そういって肩のタトゥを指さ微笑んだ。

 

 アルコールがある一定量を超えるまでのヨーコさんと話しているのが好きだ。意外にも読書家で谷崎潤一郎が好きだと言う。谷崎の小説にたびたび刺激を受けて、自分自身の性欲をそのまま妄想して一人で愉しむのが好きだと言う。

 のぞき部屋という仕事が存在することを知った時も下半身が熱くなったと記憶していると言う。のぞき部屋の中ではマジックミラーに囲まれ自分の姿しか見えない。一方で小部屋からマジックミラー越しに中を覗く客には自分以外しか見えない。ヨーコさんは自分自身を見ながら、実は顔も知らない他人にホクロやムダ毛、髪の生え際、それこそ局部や乳首の皺まで確認できる距離で自分の肉体をさらしているのだ。自分の裸や行為に興奮しながらも、鏡の向こうではヨーコさんの全身の全てを見ながら興奮している複数の男たちがいるのだ。ガラスを通してヨーコさんを見ている人は自分の姿を見ていない。自分を見ていない。自分を知らない。逆に鏡の中の女は鏡の向こうにいる男を知らない。見ている人間と見せている人間。平等ではないが、不思議にも調和はとれているのだとヨーコさんは言う。

 

 

※「のぞき部屋」

女の子のいる部屋を囲むように幾つかの小部屋が並び、マジックミラー越しに女の子の様子を眺める。女の子は時々服を脱ぎ、客を喜ばせる。金を払った客のマジックミーラーの前では特別なサービス(※)を提供したりもする。

 

※「特別なサービス」

客のミラーの前でオナニーをして局部を露わにしたり、更に金を払うと小さな扉に女の子が手を差し込み客の局部を握って気持ち良くする。

 

※「おニャン子クラブ

深夜の「オールナイトフジ」が女子大生なら、それに派生して夕方にできた番組が「夕やけニャンニャン」で、そこから誕生した女性アイドルグループで社会現象にまでなった。新田恵利、国生さゆり河合その子、岩井由紀子、吉沢秋絵、渡辺美奈代、渡辺満里奈工藤静香生稲晃子、城之内早苗ほかほか、その中から高井麻巳子がプロデューサーの秋元康と結婚した。

 

※「指名客」

別途料金が発生するが指名したホストが隣に座り相手をする。ただし、同時期に客がかぶったら30分ごとにチェンジとなるが、更に指名が多いと1時間に10分しか座らないこともある。その間ヘルプが席に付き相手をする。

 

※「同伴」

店が始まる前に食事など一緒の時間を過ごしてから、一緒に店に入ること。別途料金がかかる。

 

※「アフター」

閉店後に別の店に飲みに行ったり遊びに行くこと。料金は店によってある場合とない場合があるが、この店ではなかった。しかし、大切な客をつなぎとめるためにも大切な営業活動だ。(もしくは枕営業

 

 

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