たふえいんといなあふ 不思議な魔法の言葉 

No Movie, No Life、、、映画と食べものと、ときどき天然妻、、、

小説/Qとのこと(2)

2)金色の雨粒

 

 ストーンズのカセットを抜き、シャカタクの「ナイトバード」♪のテープを差し込む。

永ちゃん♪じゃなくてゴメンな」

「今はあみん♪が好きなの」

 全速で走る必要もなく帰路をゆく。極度の緊張感と解放された安堵感の次に僕に来るのは自然の欲求だった。まだ緊張から解放されいないQには無言で横浜新道沿いのラブホテルに入る。垂れ下がった厚手のビニールでできたカーテンを潜り抜けるとホテルの駐車場だ。

 うす暗い照明で、独特の芳香剤の匂いの漂う部屋に入ると、二人で一緒にシャワーを浴び、ちょっと狭い二人掛けのソファーにバスタオルを巻いたQと窮屈に並んで座りテレビを観ながらコーラを飲んだ。そのうち僕が彼女の首元に唇を近づけちょっかいを出し始め、じゃれているうちに互いのバスタオルがはだけた。僕は彼女をベッドに誘ったがQは僕の腕を掴みソファの上がいいという仕草をした。狭いソファから二人の身体が落ちないように、まるで水面に浮く手漕ぎボートの上にいるように二人は絡んで揺れた。

 帰り際に気づいたのだが、僕には持ち合わせの金があまりなかった。室料よりもかなり少ない。Qに訊ねると彼女の所持金も少なかった。彼女の顔が不安そうになったが、僕は受付で交渉した。

 「お金が足りなくて。明日必ず持ってくるから」

 受付のおばちゃんは厳しい目つきを僕に向け

 「うちはツケはやっていないんですよ」

 「ほら、学生証もあるし、そこに住所も電話番号も書いてあるでしょ、逃げも隠れもできないから」

 すると、何か置いていってほしいとおばちゃんは言う。

 僕に金目の物はないが、していた腕時計を差し出した。

 「え、ミッキーマウスですか、こういう玩具は困りますよ」

 「それね、限定の、希少価値が高い高価な時計なんだよ。1000円や2000円で買えるものではないんだ」

 価値の分からない人には、あくまでも玩具にしか思えないだろう。

 しかし、おばちゃんは渋々了承した。

 「明日何時に来ます?」

 「バイトの途中に寄るから夜の7時半から8時頃」

 僕のそのミッキーマウスの時計は親戚からもらったレアで高価なものだったので、手放すことが出来なかった。金を払いに翌日同じホテルを訪れた。

 

 僕とQがセックスをするのは彼女等の部屋の押し入れ(Rがいなくてもあえて押し入れでする)か車の中だ。いつも新しい場所を探してドライブをするのだが、この日は途中でコンドームが無いことに気づき、大型の薬局(※7)に寄ったが、男でも店でコンドームを買うのは恥ずかしい。さらにどこにそれがあるのか分からず、見つけられぬまま店内をウロウロ彷徨っていた。すると店員の一人が柔らかくない声質で僕に声をかけてきた。

 「何をお探しですか?」

 「いや、あの、いいです、自分で探しますから」

 僕のキョロキョロして店中をうろつく様を、店員の目には挙動不審と映ったのであろう。かなり探したが見つけることが出来ないでいると、再び店員が声をかけてきた。しかも僕を怪しむような眼つきで。その声も問い詰めている言い方だ。

 「何を探しているんですか?」

 「いや、だからいいんですよ」

 「いえないんですか?」

 すこし腹をたてた僕は、店内には他の店員も、数名の客も、客の中には女性もいたが、大きな声でこう言った。

「コンドームが欲しいんですよー!でも、コンドームくださいって言いにくいでしょ!何探しているんですかって訊かれて、コンドームで~すって、なかなか言えないよ、ね、言いにくいでしょ」僕は目を大きく開いてツバを飛ばしながら店員にそう言った。

 

 コンドーム1箱が入った茶色の紙袋を持って僕は車に戻り、今の話をQに聞かせた。彼女はニコニコして聞いていた。そういうときの彼女の笑顔がとても可愛いのだ。

 車を首都高に進ませる。2号目黒線から環状線を目指すとオレンジ色の光を放つ東京タワーがみえてくる。一の橋の分岐を六本木方面に左に折れ、一旦僕は環状線を一周してみた。霞町のトンネルをくぐると大型のタンクローリーと並走になった。そのローリーと僕の車の間のほんの僅かな隙間を暴走族風の単車が3台連なってすり抜けていった。ほんの少しでもバイクの車体が左右どちらかに揺れたら、車と接触して命を落とすほどの大事故になるはずだ。

 その時僕は考えていた。暴走族であっても、宗教団体であっても、しょせん組織に属することは自分の身を守ること。その組織が大きければ大きいほどいい。決して自分が強くないと自覚している者は、本能的により大きな組織に属し身を守る習性がある。政治家の派閥なんてものもその一つかもしれない。QとRが暴走族にいたことも、そこを抜けて大きな新興宗教の組織に辿り着いたのも、むしろ必然的なことだったのではないだろうか、と。

 

 灰色の空が月を隠し、東京タワーがオレンヂ色に浮かび上がる。そんなタワーが真近に迫る緊急駐車帯に今夜の場所を見つけた。Qは狭い場所での行為が好きなのだ。車の中では全裸にならずお互い下半身だけを脱いだ。実はカーセックスだからそうするのは表向きの理由で、実のところは匂いのきつい香水もつらいが、さらに臭いの強い腋臭が毎回僕を悩ませていたので、しだいにセックスの時は服を脱がなくなっていた。最初のうちはそれも性欲を刺激したが、下半身だけが一体となる性器と性器の結合のみの行為に味気ない気持ちにもなりかけていた。それでも家に帰ると喉の奥に感じる香水と腋臭の匂いに何度も何度もツバを吐き、さらにその奥の食道に張り付いて取れない腋臭の臭いに、しだいに嘔吐を繰り返したり、それでもいつまでも喉の奥に臭いが残っている感覚が僕を疲れ果てさせるので、少しでもこうした策を講じなければならなかった。

 二人が下半身だけをむき出しにして、愛車の後部座席で向かい合って一体となり天井に頭をぶつけながらセックスをしていると、突然大粒の雨が降り出した。あっという間に、車の全方位のガラスが雨粒で埋め尽くされ金色のレースとなる。カーセックスの楽しさはそばを通過する車から覗かれるスリルがあること。もちろん、あれだけの速度で走って車が流れていけば、停車している車の中の情事まで覗くことはできないが、そのシチエーションは大いに脳を刺激し、それは瞬時に下半身にも伝わるのだが、雨粒で覆われた車の中では彼女は更に大胆になれた。

 金色の雨粒のカーテンで目隠された車からでも、その黄色いサイレンが近づいてきたのが分かった。その黄色の光は僕の車の真後ろに来て、ハイビームだった白いヘッドライトを消して止まった。二人は慌てて前の座席に移動し、露わになっていた下半身をブランケットで覆って隠した。もうズボンを履いている余裕もないのだ。案の定、黄色い厚手のレインコートを着た男が近づいてきて、僕の車の運転席の窓をノックした。雨が降っていることを理由にしているように、窓を少しだけ下ろすと、

 「どうしました?ここは緊急車両だけだ止まれる場所ですよ」と黄色いレインコートの男は言った。

 「すみません、ちょっと疲れていて、緊急的に少しだけ寝ようとしてしまいました。ごめんなさい、今すぐどかしますから」

 「寝ていた割には車が揺れていましたけどね」とニヤリとして

 その男は、二人が下半身だけを一枚のブランケットで分け合って覆っている姿をしっかりと見届け去って行った。

 

 Qと出逢ってから、宗教の話もS会の話もQは一度も口にしなかったが、久しぶりに潤とRと4人でファミレスで食事をしている時に、RがS会の集会に誘った。Qは隣で下を向いていた。おそらく、こういうシチュエーションは今までに何度もあったのだろう、もしかしたらそのたびに友達が離れていったかもしれない。だから、Qは下を向いていたのかもしれない。もしかしたら、僕との別れが来ることも想定していたかもしれない。

 潤は思い切り態度に示して「嫌だ」と言った。Rは歯ぎしりの音が聴こえてきそうなほど奥歯を噛みしめて潤をにらんだ。僕は「いいよ」と答えた。Qが顔を上げ明るい表情で僕の肩を抱きしめた。潤には僕の答えが意外だったかもしれない。

 「行くけど、勧誘なら、絶対に断るよ。俺はただ好奇心から行くんだ。そして、それでお前らの顔が立つなら、そんなことは苦にならない。どうせ、一時間くらいのことなんだろ?」

 「ぇ、一時間ではムリだよ、最低2時間はかかる」とR、

 潤が口を出す「ほらな、俺は絶対に行かないからな!」

 

  翌週、集会に向かった。潤も一緒だった。

 「お前があんなこというからよー、俺まで来ることになっちまったじゃねえかー」

 「ふふふ、俺だってこんなの行きたくないけど、たまには奴等のいうことも聞いてやろうぜ、ノルマがあるのかは知らないけど、たぶん誰か連れてこないとあいつらもカッコがつかないんだろ」

 彼女たちのアパートのある場所から歩いて5分くらいの場所に、きれいな立派な白い建物があった。宗教団体S会(※8)の文字がエントラスの屋根のアーチに刻まれている。

 靴を脱ぎ、中央の大きな広間に足を踏み入れると200畳くらいあるのだろうか、その広さに圧倒される。次つぎと信者や信者に誘われた人々が入ってきて会場がいっぱいになる。その支部の青年部のリーダーという女性がマイクを握り、張りのあるハキハキとした声で聴衆に呼びかける。そして、名前を呼ばれた人が壇上に上がり、S会の素晴らしさや、教祖様のお陰で癌が完治したという話を感動的に話し信者の涙を誘った。QもRもいちいち頷いたり、神妙な表情になったりしたが、潤はそのたび呆れた表情で、僕に顔を向けた。

 

 潤がRと大喧嘩して別れたらしい。実は僕もQに別れを告げに来た。Qは僕のTシャツの両袖を掴みながら大粒の涙をこぼした。

 あの集会の後、Qは再三集会への誘いやS会のことを話題にした。彼女はとても良い子で、とても好きだったけど、僕は宗教に一切関心がないのだ。それが信者たちを幸福にしているのなら、僕は宗教を否定はしないし、S会を語るほど知ってもいない。彼女が宗教から離れて僕を選びはしないことも最初から判っていた。それは彼女に酷だとも僕は理解していた。だいたい、そうして欲しいと彼女に言う資格も僕にはない。Qは諦めて車を降り、子供のようにセーターの袖で涙を拭っているのをバックミラーから見えて僕も哀しい気分になった。そして、おそらく、きっと、彼女は信心が足りなかったと、自分自身を責めることだろう。

 

 その一年ほど後のこと。早朝が迫る道を僕はトラックを走らせていた。すると赤信号で停止した時、トラックの運転席の高い位置からなにげに隣に止まったタクシーを見ると、後部座席で客の男女がセックスをしている。タクシーの運転手も身を乗り出してバックミラー越しにその光景を覗いている。女性の上半身はハッキリと胸が露わになるほど開けて、スカートがまくれ、片方の脚にパンティがぶら下がっていた。男の尻が露わになって激しく動いている。いくら狭い場所が好きでもタクシーでするヤツはなかなかいないと感心したが、この時狭い場所でセックスをするのが好きだったQを思い出した。そんなQでさえもこんな場所でのセックスは想像しなかっただろう。

 すでに信号は青信号に変わっていたが、後ろから来た大型トラックのホーンにせかされるまでタクシーの運転手も僕も客のセックスを眺めていた。

 

 

 

※7「大型の薬店」

まだその頃は今のようにドラッグストアの店舗は少なく。ドラッグストアという言い方も一般的には呼ばれていなかった。

 

※8「新興宗教団体S会」

 今ではそんなこともないが、その頃はまだその組織を好意的に思っている人は少ない強大な力を持ちつつある組織で、できるだけこちらからは積極的に関わりたくはない遠ざけたい存在だった。

 

 

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