たふえいんといなあふ 不思議な魔法の言葉 

No Movie, No Life、、、映画と食べものと、ときどき天然妻、、、

小説/Qとのこと(1)

 

1)銀色の光

 

潤とはそもそも特別仲が良かったわけではない。たまたま高校一年生の時に仲の良かった友人と中心になって他校の女子高の子たちを引き込んで作ったスキーサークルに誰かの友達ということで入ってきたのが潤だった。クラスも違うし、普段の行動で一緒になることも少ない。そのスキーのサークルで一緒に行動する時くらいだ。スキーサークルの中の男子にはオートバイの好きな連中がいた。いわゆる暴走族とは違い漫画「750(ナナハン)ライダー」(※1)を愛する連中だ。ホンダとかカワサキとかスズキのナナハンをバイトで貯めた金で買って走らせ、休日になると彼らは750を走らせ遠出をしていた。ツーリング。

 僕の脳内のデータではバイク好きな者はスピード系のスポーツが好きだ。勿論レースとか様々な競走系の競技や、そして野球よりもサッカーが好きで、そういう意味ではスキーは単車乗りにはとても相性の良いスポーツだろう、実際やらせてみても上手だ。そもそも僕は風が苦手なのだ。スキーやバイクで「風を感じる」ことに何の魅力も感じない。むしろ怖い。だから当然、ジェットコースターなんてもっての外だし、スポーツといえばそんなにスピード感がない、タイムを競うようなスポーツでないゴルフや野球やプロレスを好んだ。

 

 その晩は仲間と新宿で飲んでいたが、潤が深夜に合流した。愛車のセリカ(※2)で現れた。大学生になってからはバイクより専ら自動車に乗っているようだ。潤と待ち合わせた歌舞伎町で、例のとおり、終電に向かう人波に目を凝らした。ネオンの渦の中から現れる大勢の人の中からQとRに眼をつけた。濃い化粧と派手な服装だが、二人とも背は低いが、可愛らしい顔立ちをしていた。ドライブに行こうと誘った。帰りはそのまま送って行くと伝えると、潤の車に乗りこんだ。夜景が見たいとか、海に行きたいというので両方を兼ね備えた僕のとっておきの場所を勧めた。潤が首都高を飛ばす。当時はまだレインボーブリッジなんてないから、一旦勝島で降りてから天王洲の倉庫街を抜けて大井ふ頭を目指すように走ると、車はまったく走っていないし、もちろん人影もない。東京湾海底トンネルをくぐると13号地だ。昼間でも寂しい荒涼とした土地は深夜では薄気味悪いほどだ。お台場の砲台跡地のそばに車をつけて、そこから歩いて東京湾の縁まで4人でゆき、暗い大きな水たまりの先に東京の夜景が見つける。

「きれいだねえ」

「でも寒いよね」

「帰えろ」

秋の気配は深夜には更に冬の訪れを感じさせ、細い身体に薄いカーディガンの二人を車内に追いやった。

 

ファミレスに寄った。

明るく元気な子がRで、大人しい子がQだと名乗った。

二人は美容師だと言うがその歳ではきっと見習いであろう。

「うちらの部屋においでよ」というので

「そんな、初めて会ったのにいいのかよ」というと

「変なことしない人たちだと判ったから、ヘヘヘ」とRが笑った。

「そう言われちゃうと、ヘンことできないじゃん」と潤が言い

「ちゅーか、ヘンことはしない、凄くいいことしかしない」と僕。

 

 二人の部屋は二人が働く美容院の裏手にあるアパートの一室を借りてもらっているものだ。驚いたことに、部屋に入るとすぐに目に飛び込んできたのは黒く巨大な仏壇だ。天井まで届きそうな仏壇が二つ床の間を占拠して並んでいる。僕の頭の中ではこれが何かを分析するのに数秒を要したがおおよそ見当がついて、同じように脳内で解答を得たであろう潤と顔を見合わせた。『そうだよな』『あれだよな』二人は声に出さなくてもまるで交信できるようだ。そんな僕ら二人の様子をきっとQもRも観察していただろう。潤と僕が想像した解答に正解を与えるようにRが口を開いた。

 「私たちS会なの」と宗教団体の名前を口にした。

 やはりといった表情で潤と僕は再び顔を見合わ頷き合った。

 

 若い女の子二人の暮らす部屋にはとても不釣り合いで存在感が大きすぎるその巨大で黒光りした仏壇以外には特にかわった様子もなく清潔で整った女の子の部屋だった。部屋の中央のちゃぶ台に出された缶ビールを開けながら、Rの話に耳を傾けた。

「あたしたち暴走族だったのね。中学の頃から二人」

どうやらこの二人いつも一緒に身を寄せ合って生きてきたようだ。

「レディース(※3)でずっと一緒だったんだけど。イヤなことがあって抜けたいと思った時」

きっとレディース内でご法度のはずの男関係のことでグループ内でモメたのだろう。きっとそんなところだ。

「そんな時にS会に出逢ったの。私たちがまっとうに生きる術を与えてくれた。導いてくれたのがI先生なの。すごく感謝してるんだ」と有名な教祖様の名前を口にした。

きっと二人を雇う美容院の経営者の女性が学会員なのだろうな。きっとそんなところだろう。

「不良だった私たちを更生させてくれたの」

 

 ま、Rの話はそんなところで、それ以上のS会の宣伝も誘いもなく、自然とバカ話しになっていた。当時、S会はカルトな新興宗教という認識が広く世にはびこっていて、金にまつわる話やしつこい強引な手口の勧誘は大学生の間でも知られていたので、僕も潤も『ウザイ』と思ったが話題が変わって、出されたビールの酔いが回りだすと、存在感の大きな仏壇さえ目に入らなくなり、自然と「潤とR」「僕とQ」のカップルになっていた。最初にRが潤を好きだと言い出して抱きついたのだ。Rは明るく元気でハッキリ態度を示す子で、とても綺麗だった。本当は僕こそRとペアになりたかったのだが選択権はどうやら彼女らにあるようだ。その流れから僕はQとペアになった。Qは口数が少なく引っ込み思案で大人しい子だったが、いつもニコニコしていて、とても優しい性格の子だった。

 

 Rが蒲団を一組敷きはじめた。

 「あんたらどっか行ってよ」と追い払うような仕草をしながらRが笑いながら命令した。

 Qが僕を押し入れに招き 「私、狭いとこが好き」と笑ったので、僕は小さなQの身体を抱えて押し入れの中に放り込んだ。その後知るのだが、本当にQは狭い場所を好み、セックスでもいつも車の中か押し入れなど狭い場所で交わることを好んだ。

 この時もう一つ知ったのがQが腋臭だということだ。それは最初のうちは香水の強い子だなと思うだけだったが、明りのない狭い押し入れの中で、互いの服を脱いで抱き合った時、その臭いだけがその空間を支配したのだ。その早朝に家に帰ると、僕は強い香水の付いた服を洗濯機に放り込み、風呂場に駆け込みいつよりも時間をかけてシャワーを浴びたが、腋臭の臭いが身体からとれない気がして、更に全身を何度も洗ったが、それでも喉の奥の方にその臭いが残っているように感じ、喉の奥まで歯ブラシを突っ込みこすり、しまいには喉に指を突っ込み喉の壁面をこすって拭おうとして、何度も吐きそうになった。体力を消耗しながら風呂場を出るとイソジンを直接喉に流し込み上を向いて喉を鳴らしてうがいをした。

 

 しかし、そんなことがあっても、僕は彼女に出来るだけ会いたいと願った。彼女も同じように考えてくれたか、本来とても優しいので、僕の望むことを叶えてくれようとしてくれていたのかも知れない。互いに時間があればドライブに出かけ、人けのない場所を探してカーセックスにふける。Rが出掛けて帰らない夜は部屋で二人きりで過ごしたが、それでもセックスをする時は押し入れの中で行為に及んだ。Qの体つきは生理不順のような体型だったので訊ねてみるとやはりそうだった。

 

 ある晩、バイトが終わってからQの部屋に向かうと、いつものように彼女たちは仕事を終えてから二人きりで食事をし、お経を唱え終わっていた。

 僕が「どうしようか?」とQにいう前にRが

 「潤から電話があったよ。***町(世田谷区)に来いって」

 「***町?」

 「友達の家にいるから来いって」

 

 僕はQとRを車に乗せると、Rが潤から電話で聞いていたとおり***町三丁目交差点を右折し、二つ目の角を左折した。閑静な住宅地だ。大きなお屋敷のような住宅が立ち並ぶ。しばらく行くと公園があり、その先が目的地だ。そこまで行けば分かるということだったが、「分かる」の意味が近くまで来て解った。潤は大学で自動車部に入っている。チューンナップしてレースやラリー用に車を改造して走らせる部活動だ。指定された家は大きな屋敷が並ぶ住宅地の中でもひときは大きな敷地に洒落た形状の平屋で、その家と門の間は広々とした車寄せになっているのだが、そこに15、6台ほどの車が集まっていた。潤の車は白のセリカだ。Rが車を降りて、潤の車に駆け寄るとボンネットの中を覗き込んでいた潤を見つけて声をかける

 「潤ちゃーん」

 顔を上げた潤がボンネットの裏側に頭をぶつけて、Rは大笑いしながら潤の頭をなでた。

 「そっか、俺はRを届けにきたわけだ」そう僕が言うと

 「いいじゃん、これから走りに行くから付き合えよ」と潤はいう。

 Rが「行こうよ、行こうよ」と誘う。レディースの血が騒いだようだ。Qも目をキラキラさせた。その時までは。

 

 僕が「トイレを借りたい」というと

 「勝手に家に入っていいよ」と潤がいうので

 母屋の木製の巨大な扉を開けてみると、扉の向こうは20畳ほどある玄関だった。いったいQの部屋の押し入れ何個に相当するのだろうか!頭上に大きなシャンデリアがあって、来る人を緊張させる。靴を脱いで勝手に上がろうとすると、奥からお手伝いさんらしき年配の女性が現れ、トイレに案内してくれた。トイレを開けると、これがまた6畳間ほどある。無駄に広いスペースだったが、トイレットペーパーに手が届いたので一安心した。

 トイレから戻ると僕はQに「トイレに行ってこいよ、スゲエぞ」と伝えた。

 潤が笑っているので「いったいここは誰の家なんだ」と訊ねたら、誰もが知っている財閥の名前を出した。その次男が潤と同じ大学の自動車部なのだそうだ。

 おぼっちゃまたちの乗る車は、けっして外車や高級車ではない。ほとんどが日本車で、しかしそれに手を入れているようだ。僕はメカニックに関しては知識がないが、純正の部品を取り外し、試行錯誤しながらより走行に優位な部品に付け替えるのであろう。

 

 何時を目安にしているのだろうか、それとも何かの合図があったのだろうか?示し合わせたように突然おのおのが車に乗り込み、イグニションにキーを差し込んで一斉にエンジンを廻しだした。15、6台ほどの車がソロソロと門をくぐり深夜の住宅街に出ていく。近隣を気遣ってか、あくまでもゆっくりと出来るだけ音をたてないように環八に向かうのだが、エンジンのまわる音そのものがそもそも大きい。きっといつもこうなのだろう。それにしてもこれだけの車がつらなってヘビのようにソロリと進む光景はそれだけでも不気味で異様だ。環八に差し掛かる交差点の信号が青になった瞬間、先頭のケンメリ(※4)が急発進し、静かな蛇が龍になって続いた。車間を詰めたり拡がったりすることなく、胴体の長い龍がゆく。最後部の僕が交差点に突入する頃には信号は青から赤になりかかっていたが、躊躇せずアクセルを踏み込みハンドルを右に切る際クラッチを切ってギアを一段上げた。遅れをとる訳にはいかないのだ。誰も尻尾なんぞを待ってはくれない。

 第三京浜に入るまで連なっていた一団が一斉に秩序を乱して走り出した。どうやらここからは競争のようだ。悪名高き神奈川県警(※5)の覆面パトカーを恐れもせず、三車線に散った車群が第三京浜上でレースとなった。きっと何かトラブルがあっても、あの屋敷の主がバックについていれば神奈川県警も口出しは出来ないのだろう。

 僕は先頭を目指さない。レースの参加者ではないのだ。ただの傍観者なのだ。最後尾で構わないのだ。望むのは彼らを見失わないこと。それが僕の唯一のテーマだった。すでにベタ踏み状態でメーターも160キロの位置で揺れている。ギアから伝わる振動が僕に助けを求めているように感じるが、それでもアクセルを緩めることはできない。視野の狭まった視界の左右を風景が背後に去ってゆく。バックミラーに映る光は遠ざかり、前方を行く黄色と赤と銀色の光が交差して僕の身体を突き抜けてゆく。Qの緊張した横顔をチラっと見たが、いつのまにかQはシートベルト(※6)を着用して固まっていたが、笑えなかった。カーコンポから流れるミックジャガーギミーシェルター♪の叫び声がエンジン音の悲鳴にかき消される。

 第三京浜から連絡道をつたる頃には同じスピードは維持できない。いくつかのカーブを出来るだけ速度を落とさず横浜新道に入る。毎日のように走る走り慣れた道。しかし、こんな速度で走るのははじめてだ。第三京浜よりやや道が悪いのか、時おり車体が跳ね、宙を飛んでいる感覚になる。僕のパルサーが変な赤い色の鳥になって空を駆ける。

 原宿交差点に差し掛かる。反対車線の対向車のヘッドライトや金と銀の強い光と中央分離帯や交差点の信号の黄色と緑と赤のライトなど様々な明りが混じり視界を阻まれ目を細めながら、ギアを一段おとして左にハンドルを切り車体を突っ込ませる。イエローセンターラインを超えてあやうく反対車線に車が膨らんだが、運よくそこに車はなかった。Qが両手で吊革を握りながら歯を食いしばっている。

 必死に車群を追って細い坂道を登り始めた。白いガードレールが車すれすれにこすりそうになりながら後方に去って行った。坂の終点は鎌倉の海を見晴らす山の頂上だった。とっくに着いていたドライバーたちがタバコに火をつけて海を眺めながら一服している。東京から鎌倉まで25分だった。

 

 潤が近づいてきて「よくついてこれたな」と声をかけた、

 「とっくにバックれてるかと思ったよ」と、

 

 僕の手はまだ震えていて、タバコに火をつけるのが精いっぱいで何も答えなかったが、どこからか「さあ行くぞ!」の声が掛かった。僕は潤に向かって首を横に振って溜息をついた。RがQに「楽しかったね」と言っていたが、Qはまだ吊革につかまったまま車から降りられずにいた。去っていく車を追わず、僕とQはしばらくそこに佇んで、震えが収まるのを待った。

 

 

 

 

 

※1 「750(ナナハン)ライダー」

週刊少年チャンピオン』(秋田書店)にて1975年から1985年まで連載された石井いさみによる日本の漫画。「高校2年生の青春」をテーマにした学園漫画。人気の高まりで連載が10年続き、『ドカベン』『ブラック・ジャック』『がきデカ』『マカロニほうれん荘』等の作品と並んでチャンピオン絶頂期の立役者となった。10年間で絵も作風も変化し、当初は登場人物も少し劇画風で内容もシリアスだったが、徐々に恋愛を絡ませたさわやかな青春漫画となる。ちなみに主人公の早川光が乗るナナハンはホンダの「CB750FOUR」(Wikiより)

 

※2「セリカ

1970年から2006年まで販売されたトヨタの人気車種。日本初のスペシャリティカーとして知られ、初代モデルは大ヒットを果たした。歴代モデルには斬新なデザインが採用され、北米や欧州にも輸出された。また、モータースポーツにおけるベース車両としても長く活躍した。(Wikiより)

 

※3「レディース」

暴走族の女性だけのグループ。武器はカミソリ。

 

※4「ケンメリ」

日産スカイラインの4代目の愛称。「ケンとメリーのスカイライン」とうテレビCMのキャッチコピーが愛称の由来になっている。ちなみに3代目をそのフォルムから「ハコスカ」と呼ばれている。

 

※5「神奈川県警」

取締りが厳しく、ドライバーたちを泣かせ、みんなから嫌われている対象だった。僕は昔、神奈川県警に不当に取締りを受け。違反を認めず、検察まで行って自分の潔白を主張したことがある。その結果、僕の言い分が認められ不起訴となった。

 

※6「シートベルト」

今では当たり前に着用するシートベルトだが、この頃はまだ着用に関して厳しく取り締まりされていなく、シートベルトはお飾りで、それをしている運転手も助手席もほんとどいなかった。

 

 

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