たふえいんといなあふ 不思議な魔法の言葉 

No Movie, No Life、、、映画と食べものと、ときどき天然妻、、、

小説/Tとのこと_あの熱かった夏(4/4)

(4)年上の女/おわり

 

 その翌日の夜、バイトを終えた僕は再びTの部屋を訪れた。午後10時頃だった。部屋の外から明りがついていないことが確認できたので、ノックもせず鍵で開けて部屋に入ったが、やはり彼女はいなかった。しかたなく勝手に冷蔵庫からビールを取り出し飲み始めたが、彼女は一向に帰って来ない。テレビで流れる最近起きた日航機の墜落事故関連のニュース(※9)をベッドにひっくり返りながら眺めていたが、タバコがなくなったタイミングで壁に掛けてある時計を見上げると深夜0時を回りそうになっている。立ち上がった僕は、ここに来たことを彼女に知らせるためにタバコの吸い殻とビールの空き缶を片付けずそのままにして部屋を出た。

 施錠をしてアパートの階段を降りかけた時だった、アパートの前に一台のタクシーが止まり、タクシーからTが降りてきた。降りたTはタクシーの中に残っている誰かと話しているようだ。タクシーのリアウィドウの先に男の黒いシルエットが見える。どうやら男は彼女と一緒にタクシーを降りようとしたがTが制して、しばらく押し問答が続き、タクシーはやっとドアを閉め去って行った。僕は階段を降りていき、何も言わず彼女の横を素通りして自分の車に向かったので、小走りに彼女が僕の後についてきた。

 「帰っちゃうの?」

 僕は彼女の問いかけには答えず無言で車に向かう。

 「説明したいから部屋に来てよ」

 彼女のその言葉に僕は車にキーを差しかけた手を止め、アパートと反対方向に再び歩き出した。

 「どこ行くのよ?」

 「タバコがなくなったから買いに行く」

 彼女は頬を緩ませ、僕の腕に手を絡ませながらタバコの自販機までついてきた。

 

 部屋に戻り、僕がタバコに手をかけると素早く彼女はライターの火を僕のタバコの先端に差し出した。そして、きれいな灰皿を僕の目の前に置いて、一呼吸ついてから話しを始めた。

 「タクシーに男の人が乗っていたでしょ、あれ付き合ってる人なの」

 僕は平静を装い彼女の次の言葉を待った。

 「私が社会人になった頃からの取引先の担当者が彼なの」

 最初は奥さんも子供もいるなんて知らなくて、彼と付き合い始めたのだと言う。いつか別れなくてはいけないと思いながらもきっかけが作れずズルズルと続いてしまったと後悔している様子で話す。今夜どうやら僕のことを少し匂わせ男に別れ話をしてきたそうだ。それを聞いて僕は立ち上がった。彼女は僕が帰ろうとしているように思ったようだが、僕は帰るつもりはなかった。彼女が僕の前に立ちはだかると、僕は彼女を乱暴にベッドに押し倒して剝ぐように服を脱がせ、あっというまに全裸にした。焼けた赤い肌は黒くなる前に剥け始めていたが、ビキニの痕の残る白い部分はそのままだ。僕はその裸に顔をうずめて匂いを嗅いだ。一瞬彼女は僕から体を離したので

 「その男と寝たな」と強い口調で言うと、彼女は正直にうなずいた。許しを乞うような表情を僕に向けたが、その申し訳なさそうな彼女の瞳に僕の胸がキュンと一瞬萎んで、自分でも全くの予想外に興奮を覚えた。今まで自分では気づかなかった心の裏に張り付いていた特殊な感情が、まるで砂漠で石油を掘り当てた瞬間のように吹き上がった。そして彼女も勘が良い。僕が興奮していることを瞬時に悟り、

 「うん、抱かれてきたの。ごめんね」彼女は僕の火のついた心に油を注ぐようにそうつぶやいた。

 彼女の罠にはまり僕は益々興奮して、何度も何度も彼女を突き上げると、彼女も声を上げて興奮し白目になった。

 「Hさん、ごめんね、ごめんね」

 嫉妬深い自分がこういうことで興奮すると初めて知った夜だった。

 

 僕はTに「男ときっちり別れろ」とは要求しなかった。Tは自分自身でちゃんと判断するだろうし、このことに興奮を覚えた僕は暫くこのシチュエーションを愉しんでみたいと思ったし、何よりも彼女はとても居心地の良い女だった。

 

 僕は彼女の愛人について色々と訊ねて、その答えによっては激しい興奮を覚え、乱暴に犯すように彼女を抱いた。また、ある時は、ベッドで寝っ転がっている僕の服を脱がせるように彼女に指示し、彼女も裸になるように指示をした。腕を頭の後ろにまわしたまま僕は更に細かく色々と彼女に指示をしたが、彼女は嫌がることもなく僕に従った。その間僕は何もしない、ただ彼女に指示をし、それに従う彼女を眺めている。最後は彼女が激しく下半身を動かし、僕を果てさせると、いつものように僕の局部を丁寧に拭いた。そして、僕に掛布団をかけ、頬に口づけをして僕を眠りに導いた。

 

 最初は取引先の担当者との仕事上の関係だった。短大を出て二十歳そこそこの彼女が社会人になって少し落ち着いた頃に男は彼女を食事に誘そい、ワインを二人で2本あけたそうだ。もともと酒に強いわけでない彼女はあっという間に酔い、気づくとホテルのベッドの上で全裸だったという。そして、その男が彼女の初めての男となった。

 平日に休みになることの多い彼女は、営業で外廻りしている彼に連れられて昼間のラブホテルで時間を過ごすのが主なデートだそうだ。男は面白がってTを仕込んだ。Tは男に言われるまま、男が望むことを一生懸命に行い尽くした。すると次第にエスカレートして男は性具を使ったり、柔らかい細いロープで彼女を縛ったり、しまいには、誰かに見られることを前提に夜の代々木公園のベンチでセックスをしたこともあるそうだ。「一番長かったセックス」について訊ねると、「どれだけ長く入れてられるか挑戦したことがあるのよ、3時間だった、私の中に3時間ずっと彼が入っていたの」こういう話を聞くたび、嫉妬深い僕が、嫉妬するよりもますます興奮を覚えるようになった。

 

 年上の女性はいい。何もしなくても何でもしてくれる。仰向けになって寝転んでいれば気持ち良いように全てしてくれる。セックスのことだけではない。一緒にいる間、常に世話を焼いてくれるのだ。もしも、僕が箸を持つ意思を示さなければ、きっと食べ物を口に運んでくれることだってするだろう。

 ただ、僕は気を使われることが苦手なのだ。夜に仕事をしていた僕の母親は普段から家にいることが少なく、そのため子供の頃「なんでも自分のことは自分でしなさい」と母親から言われ続けてきたのだ。腹が減れば、6才の僕はフライパンにバターを載せ、その上に冷えたごはんとケチャップを入れて必死にかき混ぜた。洗濯物を畳んで箪笥に仕舞ったりもしていたし、枕元に次の日の準備をしてから寝る習慣の付いた子供だった。そういうことが肌に染みついているのか、人から(家族や恋人であっても)何か気遣いされるのが落ち着かないのだ。しかし、習慣は怖い。Tに甘やかされる生活にもすぐに慣れ、次第に僕は「我儘な年下の男」になっていった。彼女は僕が命令口調で言うことは何でも言うとおり望みとおりにかなえてくれたし、人前で裸になれと言えば、きっと彼女はしただろう。

 時々、子供扱いされることもあったので、背伸びした言葉遣いや態度を示すと、僕のことを「ときどき年上のようにも感じるし、やっぱり年下にも感じる」と彼女は言った。

 

 一度、新宿の高層ビル街に彼女とデートに出かけたことがある。高層ビル群の夜景が見えるレストランで食事をしながら、僕が閃いたそのアイデアに彼女は身を乗り出し聞き入って最後には大笑いした。そして「うん、しようか」と彼女は同意した。

 食事を終えた後、ふたりは高層ビルのホテル(※10)に入っていった。ここには50階ほどの最上階までノンストップで昇るエレベーターがある。ふたりは暫く周囲の様子をうかがい、他の人が誰も乗らない無人のエレベーターに飛び乗った。食事の時に話し合っていたので、すでに二人に準備はできていた。彼女のスカートの中の下着は既になく、僕にも準備が出来ていた。エレベーターの扉が閉まって最上階に着くまでのおおよそ30秒間、エレベーターの空間は二人だけのものとなり、僕はズボンを下ろし、彼女はスカートをまくった。ガラスのエレベーターからはすぐそばでそびえて立つビルディング群が真近に迫って見えたが、その風景を眺めている余裕は二人にはなかった。僕は彼女の両膝を正面から抱え込み持ち上げ挿入し、腰を上下に振り続けた。非日常的な状況でのセックスは格別な興奮を僕に与え、僕はガラスに反射して映るエレベーターの42階の表示を見た瞬間射精した。そして、最上階に到着して扉が開く寸前に僕はズボンのファスナーを上げ、彼女はスカートを下ろしたが、彼女はエレベーターを降りると慌ててトイレに走り込んだ。僕の放った液体が彼女の局部から腿をつたっていたのだ。

 

 愛人がいることを知りつつ女性と付き合う不思議な関係ではあったが、とても居心地の良い女性だったので、そのままの付き合いを継続していたが、一カ月ほどたった頃、どうやら彼女は僕の存在をハッキリと愛人に伝えたようだ。愛人は嫉妬に狂うと同時に、何度も彼女を抱いたと、彼女は僕を喜ばせるつもりで訊かせた。いつもの僕なら興奮するはずだが、しかし何故かその話に僕は興奮を覚えなかった。今までは相手が僕の存在を知らないことで、それも興奮を覚える一つの要素だったのだと思う。しかし、相手も僕の存在を知ることになると状況が変わる。男は僕の存在に危機感を感じ「別れないでほしい」と彼女に泣きすがったのだと言う。さらに、その姿がとても哀れで可哀想に感じたと彼女は言った。彼女は完全に僕を見誤った。Tが男に憐みの感情を持ったことに僕は本気で嫉妬した。

 「もう、いいや、そんな関係いつまでも続けてろよ、バカ野郎」と言いながら僕は立ち上がった。

 予想に反した僕の反応に、慌てた彼女が僕の脚にすがりついて「行かないで~」と泣き叫んだので、旅芸人一座の田舎芝居の一場面を見ている錯覚に陥った。

 何度も何度も「行かないで」と繰り返し、「あの人とは別れるから」「私を棄てないで」と大粒の涙を流しながら懇願して、僕の膝に腕を廻して彼女は離れなかった。

 

彼女は、穴に落ちた獣のように絶望の波に襲われた。(※10)

 

 僕が興奮して喜ぶよりも、きっぱりと愛人と別れて自分の態度を彼女が示していたら、僕は別れなかったと思う。愛人を哀れに思ったなどと彼女の口が滑らなかったら、また僕の感情も違ったかもしれない。むしろ同情などせず『今までいい思いしたんだから、キッパリここらで諦めろ』と彼女がその男に言えたなら、僕は彼女を抱きしめて「愛している」と言っただろう、きっと。そうなのだ、おかしな関係を愉しみながらも、

 

実は、

僕は、

彼女を、

とても、

愛していたらしい。

 

しかし、芝居の幕の寸前に寛一がお宮を蹴とばす場面と同じように、僕は膝に絡んだ彼女の腕を足蹴してはずし、後ろを振り向かず部屋を出ていった。そして、それっきり再び僕がその部屋を訪ねることはなかった。

 

 

※9「日航機墜落事故

その年の8月12日に起きた日航機が御巣鷹山に墜落した事故。多くの犠牲者の中には歌手の坂本九さんもいた。また奇跡的に生き残った数名をヘリコプターで救助する光景などが連日報道された。

 

※10「高層ビルのホテル」

現在の新宿の高層ビル街にはいくつものホテルがあるが、当時はまだ少なく限られていたので、本作では固有名詞を出すことをためらった。

 

※11「穴に落ちた獣のように絶望の波に襲われた」

ジャンルノワールの映画<獣人>の中のセリフ。とても良いセリフなのでいつか使ってやろうと思いメモしていた。

 

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海沿いのカーブを君の白いクーペ、曲がれば夏も終わる、、、悪いのは僕だよ、優しすぎる女に甘えていたのさ、、、傷口に注ぐジンのようで、胸が痛い、胸が痛い~♪(夏のクラクション♬/詞:売野雅勇 歌:稲垣潤一