たふえいんといなあふ 不思議な魔法の言葉 

No Movie, No Life、、、映画と食べものと、ときどき天然妻、、、

小説/Nとのこと(4)そして僕は途方に暮れる

 

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 僕は初めてNをドライブに誘った。

 走り出すとすぐにストーンズの「アンジー♪」がかかりミックジャガーの切ない声が車内に響いたので、あわててカセットテープを取り出し、クリストファークロスに代えた。僕のそんな慌てた様子を見てNの口元が緩んだ。

 僕たちの大学は東京の北の郊外にあって、彼女の部屋も大学の近所だったから、都心へ出るには首都高速を南に下ってゆく。首都高7号線を下り8号湾岸線を目指す道はとても高架が高いので宙を飛んでいる気分に陥ることもある。ボクは窓ガラスのハンドルをグルグル回して下ろした。

 「窓開けてごらんよ」と彼女にも促すと、一気に風が車内を吹き抜け、彼女は目を細めた。

 後部座席の後ろのパネルに置いてあったクッションの周囲から羽毛が舞い上がった。以前、酔っぱらった友人を載せた時、ヤツがふざけてクッションをいたずらして中身を抜いたのをそのまま放置していたのだ。

 「ヤバイ」

 羽毛が車内で舞い上がり前方が見えず走行の邪魔になった。二人は慌ててハンドルを回し窓を閉めた。窓を閉めた後も暫く羽が車内を漂って、なぜか綿アメの機械の中でもがいている自分自身をイメージした。Nの硬い髪質の頭部に着地した幾つもの羽毛をチラチラ見ると、Nもボクの方を見つめているので、やはり僕の顔や頭にも羽が付いているのだろうと思ったが、彼女はボクの横顔越しに広がる東京を見ていた。

 「そっち全部東京でしょ?東京ってやっぱり広いね」僕の右手に広がる景色を言った。

 「そっちも全部東京だよ」と、僕はNの側の窓の向こうの地平線まで灰色の建物で埋め尽くされた景色を指さすと、

 「私なんか一人いようがいまいが、笑おうが泣こうが、だれも気にしてもくれないね」と彼女は呟いた。

 「誰か一人でも気にかけてくれる人がそばにいれば十分じゃん」と、僕は言い、

 そして、「その一人がオレだけど」とすぐに付け加えたが、Nは鈍く口元を緩めるだけだった。僕ではダメなのか。

 

 「どこに向かっているの?」

 「俺の特別な場所、っていうか、東京でもとても特殊な場所だな」

 「え、銀座?渋谷、原宿?新宿、六本木?」

 「いや違う、それらは東京そのものだ、特殊でない。海底トンネルをくぐった先の方だ」

 

 品川からお台場に抜ける東京湾の下を通るトンネルは「海底トンネル」と呼ばれていたので、子供の頃はトンネルの壁面がガラスで水族館のようになっていると想像して幼い心を躍らせたが、実際にそこを初めて通った時、そんな夢のようなことは存在しないのだと子供の僕は思い切り失望した。だけど、そんな海底トンネルを進みながらNはトンネルの向こうの特別な場所にどんな夢がみれるのだろうかと恐らく子供のように興奮していたことだろう。トンネルを抜けて暫くして僕は変な赤い色のパルサーを止めた。その先にもう道はない。出口があるだけだ。出口の先は東京で生み出された廃棄物で固められた乾いた地面があるだけだ。

 「ここ、俺の特別な場所。東京の最果て、終点」

 僕に促されたNは恐る恐る道路に降り立った。高速道路の灯を頼りに、高くそびえる壁に向かって二人はテニスラケットを振った。その時もやはり1台の車も来なかった。黒いアスファルトの地面と灰色の高い壁、空もそれらと同系色な中に月だけが白かった。テニスボールが壁に当たる音と彼女の吐息がなければ音のない世界のはずだ。僕は彼女に近寄り後ろから抱きしめた。彼女のポロシャツをめくってブラジャーを持ち上げると、僕の小さな手の平に丁度収まるほどの小ぶりの白い乳房が現れ月の光に照らされ、いつもツンと立っている少し大きめな乳首がいつも以上に綺麗なピンクで輝いた。

 

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 台場は江戸の末期、黒船の来航を恐れた幕府が海上に作らせた人工の砲台島だ。近年「お台場」として開発されて人々に広く知られるようになるまで、その存在を知る人は多くはなかった。レインボーブリッジも勿論フジテレビの球体のある社屋もない頃のこと、僕はその台場から東京湾を挟んで見る東京タワーとその周囲のビル群の夜景の美しさを知っていたので、Nにそれを見せてあげたかった。

 「東京にはこんなものしかないけどね」

 すべてが鉄とコンクリートで作られた人工物の集合体、それが都市なのだ。その都市の背後には必ずこの13号地のようにゴミの砂漠が「夢」と名付けられ未来を待っている。もしかしたら夢を持たない人々によって積み上げられたのかもしれない夢の島なのだ。

 東京タワーとビル群の方を暫く眺めていた彼女が眼を細めながら手を伸ばし、遠くの冷たい光の集合体に暖を求めて手をかざしてみるが、その美しさに騙され失望している異邦人となった。

 

 話しは遡るが、あの最初の晩の翌日、僕はNの部屋から大学に向かった。Yは僕の服装を見て「昨日と同じだ」と言ったが、続けて「泊ったのか?」と僕を問い詰めたりはしなかった。もしかしたら、訊ねるのが怖かったのかもしれない。

 「なんか誤解しているみたいだけど、たまたまだよ」と答える以外、気の利いた返答ができず自分自身に僕は腹が立った。案の定Yは不審な人物を見つめるような眼差しで僕を射抜いた。NはYを疑い。Yは僕を疑い。僕はNを好きになっていた。しかし、終わりはあっけなかった。

 

 二週間が過ぎた頃。まるでこの二週間がなかったかのように、二週間前の時間に戻ったかのように、二週間前にYとNがモメていたキャンパス内のその場所で、二人が手をつないで歩いている姿に遭遇した。昨夜まで肉体を求めあっていたNがまるで、この二週間何もなかったかのようなそぶりで、でも少し恥ずかしそうにニキビ痕が残る白い頬を赤らめながら他人行儀に僕に会釈をした。Yはあの晩の翌日に僕が同じ服装で大学に現れたことなどすっかり忘れてしまっているかのように手を振った。

 忘れたのではない、戻ったのではない。きっとこの世からこの二週間がスッポリと抜け落ちてしまったのだ。誰もそれに気づかず、いや、気づいてはいるが気づかないフリをして、そんな二週間があったことをなかったことにしようと僕を陥れるために、僕以外の全ての人がしめし合わせているようにしか僕には思えなかった。僕だけは絶対にそんなことは認めない。この二週間がなかったことになんかできないのだ!

 

 その夜、Nから電話があった。「ごめんね」と。

 彼女の言う「ごめんね」は彼女の復讐のために僕を利用したことを意味するのだろう。それでもむしろ僕は「ありがとう」と言うべきだ。そりゃそうだ、僕とYの体の相性はバツグンだった。それでも、愛とは違うことも知っていた。彼女はYを愛していた。それも分かっていた。一度たりともNはYと別れるとは言わなかったし、そう匂わせもしなかった。そして、僕に対して「愛している」とか「好きだ」とも言わなかった。もしかしたら「好き」とは言ったかもしれないけど、それは友だちとしてか、もしくは秘密を共有する一味としてだろう。

 ただ一つ心配するとしたら、Nとは違いYは性欲が強いようにはとても見えない。だから、はたして二人はこの先うまくやってゆけるのだろうか?それが心配だ。

 いや、やはりそういう行為は回数や時間の長さや激しさではなく、大切なのは「愛」なのだろう。愛があればこそ性行為の質は高まるものだと信じよう。

 その後、案の定留年した僕は二人との接点を失い、以前のように三人でふざけ合うような時間は二度と訪れなかった。

 

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