たふえいんといなあふ 不思議な魔法の言葉 

No Movie, No Life、、、映画と食べものと、ときどき天然妻、、、

小説/Nとのこと(1)COLLEGE

 

 Yは僕が大学に入って初めて話した男だった。

 女子のように抜けるような白い肌、ロッドスチュワートのように長髪のトップを浮かせて立たせていた。ローリングストーンズの大ファンだというので、その頃ディスコでよくかかっていた「ミスユー」♬のことを僕が口にすると、Yは少しガッカリした表情を見せて、数日後には彼なりのローリングストーンズのベスト盤をカセットテープに編集して僕にくれた。

「これ聴いてみてくれ、これこそがストーンズだ!」

 それ以降、そのテープは常に僕の変な赤い色のパルサーの車の中にあり、頻繁に僕の身体を熱くさせた。

 

 クラブ活動は軽音楽部とかロックバンドに入ると思われたYだが、

 「音楽は聴くのが専門だ」と言った。

 僕とYは特に目指す部活もサークルもなかったので、そういう学生が決まって取りあえず入るテニスのサークルに入ることにした。それでも、学内にはおおよそ30から50のテニスに関するサークルがあっただろう。さてどこにするか?

 その頃、サークルに所属している大学生たちのシンボルはスタジャン(スタジアムジャンパー)だった。派手なエンブレム、大きなロゴ、カラフルな色遣い、各サークルが目立つように競っていたが、僕とYは至って平凡なスタジャンのサークルを選んだ。(今ではそのサークルの名前さえ憶えていないが)

 

 僕はテニスの経験はなかった。ただ、以前遊びでやった時、かなり上手くできたので、その場にいたテニス部の男に「経験者だよね?」と訊かれ、「いや、はじめてラケット握ったんだ」と答えた時には、僕は少し得意げに胸を突き出していたと思う。

 あらためてラケットを握って、まず向かったのは千駄ヶ谷だ。東京体育館の周辺の巨大な壁で壁打ちするのがその頃の一種の流行りだった。それは今でいうと皇居の周りを走るランナーたちと同じで、休日に限らずいつ行っても、大勢の人たちが横一線に並び、目の前に立ちはだかる巨大な壁と戦っていた。まるで皆んなが一丸となって力を合わせてその強大な敵を倒そうとしているように、テニスボールをコンクリートの壁に向かって叩きつけていた。僕もその戦士の一員になるため赤いデイパックにラケットを挿してそこに向かった。しかし、人があふれ、打つ壁のないこともざらにある。そこで僕は独り占めできる壁に思い当たった。

 

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 それは首都高速道路上なのだが、ほとんど車の来ない、もちろん人が来ることもない場所だ。今でもお台場に行けばその場所はある。ただし、今なら沢山の車が走っていて、とても壁打ちができるはずもなく、それ以前に当然警察に逮捕されてしまうだろうし、もしかしたら精神病気に強制収容されてしまうかも知れない。そして「高速道路上でテニスをする男」としてSNSを賑わすことにもなるだろう。もしくはモザイクが入ることもなく僕の顔が朝のニュースショーに流れることになるかもしれない。いや、きっとそうなる。しかし僕は昔そんな場所でテニスの壁打ちを楽しんだ。当時はまだ「お台場」ではなく「13号地」と呼ばれていた夢の島の一角で、将来そこが今のように変貌するなんてことはまったく想像できなかった。

 そこを知ったのは高校生の頃、アルバイトでテレビドラマ<西部警察>の撮影現場にエキストラとして参加した時だ。石原裕次郎の会社石原プロが制作するそのドラマは派手なカーアクションや爆破シーンが売り物で、そんな撮影ができる場所は都心ではその辺りしかなかった。というか、まだ当時は東京でもそういうことができる場所があったわけだ。そのロケの行き帰りに東京湾海底トンネルを通っていたわけで、何も考えず外に目をやっていると、その場所がそこにあった。人も車もほとんど来ない場所。

 そこを思い出し、僕は変な赤色のパルサーに乗り込んでそこへ向かい、そこから先がまだ工事されていない高速道路の先端に愛車を止め、路上に降り立ち、壁に向かって球を打ち込み、壁を独り占めする悦楽に浸った。

 ポーンポーンポーン。。。

 20分ほど壁に向かって球を打ち続けたが、その間にトラックは1台も通りかからなかった。(主にそこを走るのはゴミ収集のパッカー車だ)そこでそうしていると、壁だけでなく、世界を独り占めにしている気分になり、僕は世界を征服した者だけが感じ得る興奮を覚えた。

 

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 同じテニスサークルの女の子Nは僕が大学に入って初めて言葉を交わした女性だった。 

 Nは僕とYと一緒にいることが多かった。それはYがNに一目惚れしたからだ。いつも僕とYでNにちょっかい出してからかった。たとえばNがラケットを振るたび何かしらの掛け声をかける

 「イエイエ~」「カッコイイ~」「カワイイ~」「L・O・V・E、Nちゃ〜ん」と、

 彼女がミスすればしたで「校庭10周走ってこーい」と。

 そんな冷やかしにNは恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 

 おっとりとした性格のNは小柄で、Yと同じように色白で、可愛い顔をしていたがニキビをつぶした痕が頬に点在していたし、とても地味に見えたから、ストーンズが好きで髪の毛をオッ立てて黒い革ジャンを着るような今どきの大学生にはあまりいないようなタイプのYとは似合わないように僕には感じられた。それでもYはNがタイプだと言った。NもYが自分を気に入っていることを察していたが、ある時三人で学食で昼食をしている時突然Nが

 「(そのサークルの部長)O先輩が好きなの」と先手を打つように僕とYに伝えた。

 そうは言うNだが、それはNの独りよがりの単なる憧れであり、どちらかが告白に至ったものではない。「好きよ~好きよ〜キャプテン♬」と双子のリリーズが歌いながらレコードプレイヤーのターンテーブルの上で回っている幻想的なビジュアルが僕の頭の中で暫く展開されたが、Yは珍しく真剣な表情でNを見つめていた。

 

 ところが、その言葉を聞いてから数日経った頃今度は「O先輩が嫌いになった」とNはガッカリした表情を大袈裟に作ってみせながら僕とYに報告した。突然の心変わりの理由を訊ねると、

 「O先輩が食べているところを見たの」だと言う。

 「すごく汚ない食べ方、なんて説明すればいいんだろう、私の嫌いな、いや、誰だってそう思うはず、クチャクチャ音を立てて、ペチャペチャと口を動かして口に入ったものをそこらへん一帯にまき散らすのではないかという恐怖のようなものを感じさせるの」

 Nのガッカリした表情とは正反対に、それを嬉しそうにYは聞いていた。

 

 それを契機にとうとうYはNに交際を申し込んだ。僕はその場面に立ち会わなかったのでどんな状況だったのかは知らないが、真剣にYはNに「付き合ってほしい」と言ったようだ。Nはきっといつものように頬を赤らめて頷いただろう。それから頻繁にYとNが二人で仲良さそうにキャンパスを歩く姿を見掛けるようになった。

 

そう、僕はもう三人でいることに躊躇するようになり、二人とは距離をとった。

 

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